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出版技術講座20年を振り返って


「―同世代を生きる人たちへ― 」講義録 * 7月4日

後藤勝治氏(現・岩波書店取締役)

 今日は、「出版技術講座」の20周年ということで、この講座を20年前に始めた一人として、前半に、「なぜ、労働組合が、技術教育を始めてのか」を振り返ってみたいと思います。そして、後半は、皆さんから予めいただいたご要望や質問に触れて、日頃考えている出版の現実と課題についての一端をお話させていただきます。
 まず始めに考えておきたいことは、皆さんが、この講座を通じて学ばれたように、今、出版界は非常に厳しい状況に置かれているということです。本当ですと、皆さんが、今日の話を聞かれて、勇気づけられ、「出版界に入ってよかった」と感じられるようなお話しができると良いのですが、残念ながら、答えはなかなか見出せません。しかし、これも今の出版界の現実であり、ある種のリアリズムなのです。
 振り返って、私たちの世代が生きてきた20年前、30年前に、出版界は、非常に明るくて、先の見通しがついていたかというと、そんなことはなく、やはり厳しい現実の中で、がんばってきたのです。今、厳しい現実が目の前にあるのですが、若い皆さん方が、その現実をどのように変えてゆくのか。どんなチャレンジで新しい道を開いていただけるのかが問われているのだと思います。そのことで、歴史が動いてゆくのだと思います。

一.なぜ、労働組合が技術講座を始めたのか
 それでは出版技術講座の20年を振り返りながら、「なぜ、労働組合が技術講座を始めたのか」をお話したいと思います。
 1978年から1980年にかけて技術革新が急速に進行する中で、「新しい質の労働運動」というスローガンが掲げられ、「出版の仕事、企業・産業のあり方を労働組合の立場から見直す」という方針が、1979年度の方針案に掲げられます。
 そして、1979年の6月には、「出版労連結成20周年」を記念して、森下昭平さん(当時、出版労連副委員長)を団長に39名の方が、「イタリア・フランス視察団」として、CGT(フランス総同盟)やCGIL(イタリア総同盟)を訪ねます。そして、ヨーロッパの出版社や書店の現状を学び、その中で、フランスやイタリアの労働者が、どんな権利を獲得し、どんな風に働いているのかを学んでくるのですが、そんな中で、ヨーロッパの労働組合が、職業教育に熱心に取り組んでいることも見習うべき課題の一つとして学んできたのです。
 一方、日本でも、全印総連をはじめ印刷の仲間達が、技術教育の必要性を強く感じ、東京地連が中心になって、東京都に働きかけ、「印刷技術向上」の講座を、赤羽職業訓練校の夏期講習の形で始めています。
 ヨーロッパ、特にドイツでは技術教育が盛んで、「書籍業職業学校法」に基づき「書籍職業学校」が労働者自らの手で運営されていますが、一般的にヨーロッパ型の賃金の基準に労使間である種の合意のある職種ごとの賃金基準があることも要因していると思われます。やはり日本でも、単に、時代の変化や技術革新に対応するだけでなく、自分達の賃金水準を上げてゆくためにも「自らの職業技術の水準を高める必要がある」という“職能意識”が定着してきたのです。
 そんな中で、1978年の出版労連の運動方針の中で、「新しい質の労働運動」という方針を掲げ、次のような考え方を明らかにしています。
 『ますます深刻化する出版産業の停滞ないし後退状況のもとで、商業主義と寡占化が進行し、そのことが日本の出版文化の質に影を落としている今日、出版という仕事や出版企業のあり方を問い、自らその答えを求めんとする我々のたたかいは、単に我々自身の生活と仕事の場を確保するという職業的利益のためだけでなく、広範な国民の文化的要求にこたえるという出版労働者の社会的責務に答えるものであり、今、ようやくその端緒を掴みえたといえるだろう。』
 仕事のことは、経営者任せということではなく、「企業の枠を超えて、出版文化の担い手としての出版労働者の連帯が必要なのだ」ということが語られ始めます。
 実際の「第1回職業技術講座」は、1980年の5月から12月にかけて、当時、市ヶ谷にあった平凡社の会議室をお借りして開催されています。講座のカリキュラムは、「本をつくるための講座」「本を売るための講座」そして「出版文化論」などからなっています。
 講座を始めたのは、当時の出版対策部の部長だった折田直昭さんや木下悦子さんや向山征哉さんたちと当時の合同労組の人たちです。機関紙「出版労連」第703号によると、「人数の少ない職場で働いていると、なかなか“仕事を教えてもらう”機会がなく、不安なままいつしか我流に陥りがちなもの。主に組合員の仕事上のベテランの方々に“一肌脱いでもらって”月2回の講座を始めることにしました。」と報じられています。
 講座は、定員をオーバーするほどの反響を呼び、職場の中に「もっとも切実な現実的な要求」があり、その期待に「技術講座」が応えることになったといえます。
 そして、1980年の出版レポートに出版対策部の試案という形で、「80年代の出版のあり方―出版産業政策要求20項目(試案)―我々はこう考える」が、発表されます。
 政策の基本は、「国に対する要求5項目」「地方自治体に対する要求3項目」「出版業界に対する要求9項目」「企業に対する要求3項目」からなっていますが、その企業に対する要求の1項目として「常設の出版技術講座を開設せよ」が掲げられています。
 この「産業政策要求(試案)」を具体化する役割を持って、産業政策委員会が結成され、「出版共済組合の設立」「業種分析・産業分析の確立」「流通問題改善対策委員会の確立」「技術革新への対策」などを柱とするさまざまな課題に取り組むようになり、その課題の一つとして、私や下村昭夫さんたちで、「恒常的な自主講座としての技術講座」の準備が始まり、名称を「出版技術講座」と改め、1982年の5月から6月にかけて「第2回出版技術講座」が開かれます。
 会を数えて、 今年で21回目となり、 この講座が「21周年記念講座」として開かれていることになります。本来ならば、 第1回の講座を始め、「産業政策要求(試案)」を取りまとめた折田直昭さんが、講座の歴史を語ればよいのですが、一昨年、残念なことに彼が他界しましたので、第2回から数年間に亘って、講座に関わった一人として、私が代わって報告しているようなわけです。
 この産業政策要求の中では、「言論出版の自由を守ろう」などの柱が重視されています。もちろん、その当時の出版状況から見ても「自由な出版活動が保証されていた」いたことに違いはないのですが、単に出版物が自由に出せるというだけでなく、出版産業や個別の出版企業が経済的にも成り立ってゆく政策が必要なのではないかということで、今も課題の一つではありますが、「寡占化の状況を打破し、出版流通の民主的改善」が必要なのではないかということが掲げられています。
 今から考えると、「新しい質の労働運動」「産業政策要求」そして「出版技術講座」と、この時期に労働組合として、たいへん重要な課題に次々と取り組み始めたといえます。この課題は、同時に企業の枠を超えて、出版労働者が連帯し、産業全体の民主的改善に労働組合が取り組むべきだという提起でもあったわけです。
 この講座を始めた1980年代の初頭は、出版界が、 ニューメディア時代に直面していた時期に当たります。ニューメディアと技術革新の進行が、出版を含めたマスメディアのあり方を大きく変え始めていた現実に労働組合としにどのように対応してゆくのかということが問われていました。
 ちょうど、その頃、“雑高書低”という言葉に象徴されるように出版産業も大きくその産業構造を変えようといていた、そんな時期でもありました。
 今、 IT時代・ネット時代といわれ、 あるいは、 電子パブリの時代ともいわれていますが、ご存知のように出版界は、四年連続のマイナス成長という大変厳しい状況にあります。 これは、いわゆる構造不況なのか、それとも、いよいよ先行きの見えない状況なのか。悩みが大きく壁も厚いのですが、インターネットも含め、メディアのあり方が急変していることだけは間違いありません。
 そんな急速なメディア環境の変化と技術革新の中で、新しい出版文化のあり方を考えることは、ニューメディア時代よりもはるかに困難な時代かもしれません。しかし、逆説的にいえば、 さまざまな可能性があり、その可能性が、豊に花開く時代でもあるわけですから、皆さんがその可能性に果敢にチャレンジしていってほしいのです。(中略)
 さて、昨今のインターネットやコンピュータを含めたさまざまなメディア状況の中で、出版というメディアの役割が増すとは言い切れませんが、専門的な意味での「書籍」と、ペーパーバックや雑誌のようなさまざまな情報を紹介するものに二分化せざるを得ないと思っています。
 そのときに出版界がどのように活性化されていくのかが問われていくことになります。 現実の課題は大きく困難も大きいのですが、そんな時代を皆さん方とともに生きていきたいと思います。
 最近、出版のことを「コンテンツメディア」ということが多くなってきました。私は、このコンテンツメディアと言う呼び方に相当の“抵抗”を持っています。学問や教養や知識という概念、あるいは、「言論出版の自由」というときの出版の概念と、このコンテンツメディアという概念とは、相容れない感じがあると思っています。 出版者の仕事をコンテンツビジネスなどということも、「どこかが違う」と思っています。
 それにも関わらず、今、出版を取りまく技術革新の一つに「IT技術」を無視して考えるわけには参りません。
 一つには、電子メディアを含んだIT時術を「本づくり」にどのように活かしていくのかという問題と、今ひとつは、インターネットなどのIT技術を通して、どのように人びとの負託に答えていくのかという問題があります。
 メディアの競合のなかで、出版メディアがどのようにあるべきかを考えてゆかざるを得ないわけです。インターネットやコンピュータを使った「出版物=電子メディア」の作り方、売り方の急速な変化に真正面から、取り組んでゆかざるをえません。
 小林一博先生の「出版大崩壊」の中で、「出版は、もともとベンチャー企業なんだ」ということを述べておられます。「自己革新とIT革命に積極的に立ち向かい挑戦すべき」と私たちを励ましてくれています。
 先ほども申し上げましたが、ちょうどこの「技術講座」を始めた1980年代の始めに私たちは、ニューメディアの時代を迎え,技術革新と出版メディアの 新しい関係を模索してきました。今,ちょうど、皆さん方の前には,「IT革命」と呼ばれる急速な技術の変化とメディア環境の変化が巻き起こっています。 時代の変わり目に、出版の未来へ向け,皆さん方が大きく飛躍されることを願っています。
 20年間続けられてきた「出版技術講座」の成果は,計り知れないものがあります。この「基礎講座」だけでも、受講された人の累計は、1600名を越えています。「電子出版」や「DTP講座など」時代の流れてともに多くの新しいテーマにも多くの人が参加されています。
 「継続は力なり」「学習は力なり」です。出版に働く多くの方々の声を聞き。要望に応えて、この講座が、新しいテーマにも勇敢に取り組まれ、ますます出版労働者から愛される「技術講座」に発展していくことを願っています。
 (この記録は、2001年7月4日「出版技術講座20周年講演」での記録をまとめてものです)