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  (1) 沖縄県民大会に連帯して,京都集会

沖縄の「真実」〜次代へ〜「集団自決」の実態〜

 高校教科書の沖縄戦検定意見に関して「9・29沖縄県民大会に連帯し,教科書検定意見撤回を求める11.18京都集会」が京都で開かれ,90名が参加した。

 三木清樹(出版労連・京都地協議長)が司会進行し,最初は沖縄県民大会に参加した教師のSさんのビデオを見て,次に「沖縄・辺野古への新基地建設に反対し,普天間基地の撤去を求める京都行動」のT君が報告した。

 続いて,安仁屋政昭氏(沖縄国際大学名誉教授は「集団自決」はなぜ起きたのか。沖縄戦の全体像とともに「集団自決」の真実を語られた。当時沖縄戦は,本土決戦の準備のため軍隊は,軍民一体の共生共死を強いていた。住民が日本軍とアメリカ軍への恐怖の中で,「集団自決(強制集団死)」が起きた。この皇軍の姿勢と沖縄県民の関係を考える事が重要だと話された。だから赤ん坊の泣き声まで敵に伝わるからとスパイとみなし殺された。想像力を発揮し62年前の沖縄を考えること,運動しながら学ぶことが大切だと強調された。

  ▲安仁屋政昭さん(沖縄国際大学名誉教授)        ▲永石幸司さん(出版労連中央執行委員,大阪地協議長)

 また小牧薫氏(大江・岩波沖縄裁判支援連絡会事務局長)が係争中の裁判状況を報告した。出版の現場からは永石中執が出版労連の取り組みを資料を交え特別報告。プログラムは,紙芝居や沖縄サンシンの演奏など,ぎゅっと沖縄からのメッセージが詰まった盛り沢山の集会であった。

 教科書ネット21京都の代表である京都地協と大阪地協が手をつなぎ,また京都の労働組合や市民団体など30団体が集った幅広い集会となった。その後の懇親会も,京都・大阪地協の参加を含め,16名となり会場一杯となった。

【2007年11月26日付 出版労連 No.1401号】 の元原稿 。
(京都地協 桝山 修)

 (2) 沖縄「集団自決」の真相は軍による「強制集団死」だった〜
 「9・29沖縄県民大会に連帯し,教科書検定意見撤回を求める11・18京都集会」報告〜

集会詳報記事…以下,JANJANニュースより転載。

 「9・29沖縄県民大会に連帯し,教科書検定意見撤回を求める11・18京都集会」に参加しました(主催:子どもと教科書京都ネット21が呼びかけ,京都の労組など約30団体参加の実行委員会)。

 集会は「9.29沖縄県民大会」参加のビデオを見ながら,9・29に参加した若者2人の報告で始まった。一人は教員(ウチナンチュウ)として,もう一人は辺野古とヘリパッド建設を阻止する闘いをすすめる東村・高江の闘いを含めて報告。いずれも,「集団自決」の事実を消そうとする事は,傷ついているお爺・お婆を侮辱することだ思う,と訴えた。

 次に,メインの安仁屋政昭氏(沖縄国際大学名誉教授)の講演となった。講演の概略を以下に紹介する。

 戦争中,日本軍は皇軍,つまり天皇の軍隊,とするのが正確な表現であり,日本軍というのは戦後の表現だ(戦後のアメリカ軍政下で,復帰運動を抑えるために,沖縄は日本軍にひどい目にあった,とアメリカ軍が宣伝してから定着した)。11万人の守備軍のうち2万5000人は沖縄の出身者。彼らも皇軍として,沖縄県民に残虐なことをした。あくまで,天皇の軍隊と地域住民との関係で考えるべきである。

 辺野古基地を造るとすると1兆円以上かかる。元請けは本土の大手建設会社だが,現実には沖縄の土建屋が動き,彼らも儲け,沖縄の基地を支える。9・29に超党派で大きな集会を実現したが,全体が団結しているということではない。沖縄人にも困ったワルがいることを,戦争中と同様に見ていく必要がある。
 
 しかし,(9・29での)11万人の結集は,特に若者の参加で戦争体験が引き継がれていると確信した。文科省は「集団自決」が沖縄であった,と教科書に書かせたいのだ。つまり,沖縄県民は自ら進んで名誉の「自決」を遂げたと。

 しかし,「自決」とは任意(自発的)に死ぬことである。だが,沖縄では「集団自決」はなかった。あったのは天皇の軍隊による強制・誘導で起きた「強制集団死」だ。赤ん坊が「自決」するか!(当時,赤ん坊の泣き声は,アメリカ軍に居場所を教える=スパイ=。スパイは殺せと言われ母親は,赤ん坊を窒息死させた。手りゅう弾の一発は敵に投げ,捕虜になる前に自死のために使えと2発持たされた。自決の強要は,虐殺に等しい)。

 今回の県民大会で,新たな証言が出たというが,これまでも証言はいっぱいあった。既に(いろいろな)本に書いてある。みんな読んでいないのだ(確かに新たに証言した人はいるが)。「本土防衛のために沖縄は捨石にされた」というのも,間違いだ。本土防衛のためではなく国体護持のためだった。

 天皇制を守るため,本土決戦の準備の時間稼ぎのために,沖縄は捨石にされた。本土防衛ではなく,皇軍は本土決戦の準備をしていた。九州や千葉や湘南海岸にはその跡がある。そしてみんな死を考えていた。天皇のために。軍民共生共死の軍隊の考えが,沖縄の地上戦で「集団自決」を生んだのだ。

 講演の後,安仁屋氏は会場からの質問に答えた。
【良心的不服従・自決強要や戦争に対して抵抗した人は,いなかったのか】
 「朝鮮人慰安婦」を守った人がいる。南部戦線では,北海道の師団で住民を守った人がいる。その人はアイヌ出身の兵隊だった。ひめゆり学徒隊とよばれた高等女学校生徒の戦場動員についての職員会議でノーといった教師が2人いた。2人はすぐ飛ばされた(左遷された)。戦後も生きて私が聞いた。

 英語が話せる人がいて,米軍に住民の実情を訴え,住民を助けた。学徒隊を解散させ,親元に帰した先生もいた。解散させられた生徒は,先生を卑怯者という目で見たというが,戦後,生徒からお礼を言われたと聞いた。

【沖縄での平和教育は?】
 戦後,6・23(沖縄守備隊壊滅)を特設授業とし,平和学習を学校で若い世代に続けてきた(沖縄戦と米軍基地をテーマにして学んだ)。

 他にも質問が出て,安仁屋氏から丁寧な回答があった。

 休憩のあと,若者たちが沖縄三線を演奏し,参加者も歌を口ずさんだ。続いて,沖縄を訪れ,高江で自然破壊を許さない闘いに参加した若者が紙芝居で訴えた。特に,渡嘉敷島での集団死の証言を,お爺から聞いたという場面では,涙を流しながら紙芝居を見せていた。

 「大江・岩波沖縄戦裁判支援連絡会」事務局長の小牧薫さんも報告を行った。まず,教科書については,執筆者が沖縄戦の事実をより正確に,軍の強制を明確に書き換えるよう申請している,と現状を語った。以下は,小牧さんの報告の概略だ。

 そこ(執筆者宛ての要請)には「9・29沖縄県民大会」も記述されていて,文科省が,この変更申請をそのまま認めるかどうかが焦点であり,署名活動などで運動を盛り上げなくてはならない。

 また,「沖縄戦裁判」については,大江さんが名誉毀損などで訴えられているが,赤松・梅沢の2原告の訴えは,まったく支離滅裂になっている。問題の岩波新書『沖縄ノート』を原告はいつ読んだかを問われ,「昨年,念のため読んだ」と答えた。訴訟を起こしたのは一昨年。読んでもいないのに名誉毀損で訴えるなんてあきれた話ではないか。
 
 さらに,原告は,山本という人物(当時の守備隊副官で戦後自衛隊)から,訴訟を起こすことをすすめられた,とも言っている。この裁判では,名誉毀損が問題ではなく,「集団死」の事実を裁判官に分からせ,判決に書かせることだ。裁判は,12月が最終弁論となる。

 判決予定日は来年3月28日。この3・28は渡嘉敷における「集団死」の日だ。そんな日を,偶然か判決日に選んだのだから,いい加減な判決は認められない。なんとしても,勝利判決を勝ち取り,裁判の目標を達成したい。

 小牧さんの報告の後,京都での府議会への陳情や市議会への請願などの闘いが,紹介された。主催者の予想を超えて90名以上が集り,会場ホールは満杯となった。

 集会は終始,感動的なものだった。「短い時間でようやらはった。熱のある所に人は集まる」というTさんの声が,それを示していた。

(京都地協 桝山 修)

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