トップEvery-One @ Working Network>「京都 仏ぶつ ひろ馬」2006年度/2号

出版労連 京都地協
本と労働 京都 仏ぶつ ひろ馬」(ブツブツ広場) 2006年度/2号 (2006年 4月10日)

[この号の目次]


  (1) 出版文化を守った労働者の闘い!! …京都地協議長,三木 清樹
  (2) 文英堂の継続雇用,これでよいのか? …出版ユニオン京都,文英堂
  (3) 定年を迎えて…出版ユニオン京都,矢木弌子
  (4) 新入組合員登場!!…ナウカ労組:新人
  (5) [編集後記]
 


(1) 出版文化を守った労働者の闘い!!

 三一書房の闘いが終結した。労働者側の勝利とはいえ、当該の仲間にとって生涯を賭けた闘いであった。当初から先の見えにくいといわれた闘いであったことから、一人ひとりの労働者の内面はつねに不安が先にあったことと推察する。

 三一書房は、京都でスタートした。組合も京都地協発足時の母体メンバーでもあった。しかし、時間の経過のもとで三一書房は東京の組合だという感覚があった。京都地協にとり三一書房の仲間の日常の闘いが身近になったのは、古屋委員長(当時)が支援要請に上洛され、京都MIC加盟の組合への訪問、地協組合員との交流などを行ったことで「顔の見える仲間の闘い」だという認識に変わった。

 一つの出版社の消滅は、ただ一つの企業が消えるというだけではなく、出版社が築き上げた文化財産の消滅を意味する。労働者に悲劇が襲い掛かるだけではなく、人類の貴重なものが失われる危機に陥るのである。このことは、京都書院の消滅(倒産)を目の当たりにした私たち京都地協のメンバーにはよく分かる。

 三一書房労働組合の勝利は、職場を経営者の勝手にさせないという労働者の誇りがもたらした。同時に、残念ながら失ったものも多いだろうが、三一書房が国民の財産としてつくり上げてきた文化の基盤を守ったといえないだろうか。

 三一書房労組の仲間に敬意を表するとともに、今後の再建闘争を見守っていきたい。

(京都地協議長 三木清樹)
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(2) 文英堂の継続雇用,これでよいのか?

■文英堂の継続雇用は二つのコース

 文英堂の定年後は,二本立て。二つのコースがある。
なお,従来,定年は60歳の誕生日の翌日で実施されてきたが,2006年4月からは,60歳の誕生日が定年退職の日とされた。突然の勝手な変更。

■一つは従来からの「契約社員コース」

 二本立てのコースの一つは,従来からある「契約社員コース」。(株)文英堂に直接雇用され,それまでと同じ職場で,同じ仕事をしてきた。労働組合は,これまでから,その労働条件について公開するよう要求してきたが,会社は拒否してきた。

 このコースに入る基準は,「会社のとくに要請する人,必要とする人」という以外,公開されていない。このコースに行けるかどうかは,まったく会社だけの判断による。これまでの例では,一部の課長クラス以上の人に限られる。労働組合員は,一人も契約社員になったことがない。

■もう一つは,新設の「シニア社員コース」

 もう一つは,高齢者雇用安定法によって新設された「シニア社員コース」。契約社員以外の人がこのコースにはいるので,つまり「会社が必要としなかった人」となる。このコースの人は,新たに設立される文英堂の子会社「(株)BSS」に雇用される。BSS(「文英堂スタッフサービス」)は,文英堂や関連会社の業務を請け負ったり,特定派遣を行う会社とされ,2006年5月1日の商法改正(資本金1円,取締役一人など)により設立される。つまり,このコースの人は,文英堂の間接雇用となる。仕事の管理は,BSSに業務部長をおいて行うような説明であるが,仕事の打ち合わせは,担当者同士で行うような説明もあり,偽装請負の疑いもぬぐいきれない。

■「シニア社員コース」は,極端な低賃金

 「契約社員コース」の労働条件は,具体的にはすべて非公開であるが,契約社員の方が上で,シニア社員の方が劣ることは,明らかになっている。

 シニア社員は,フルタイム(1日7時間10分,週休二日)しかなくて,賃金は,平社員なら毎月12万円,課長クラスで15万円,部長クラスで18万円。一時金は年2か月で,80%,100%,120%の査定がある。労働組合員の場合,月に12万円で,年144万円。一時金が80%なら,年収で163.2万円。一時金が100%なら,年収で168万円。2006年の総労働時間1734時間で計算すると,時給は,941円か,968円となる。

■こんなことでよいのか?

(1) 従来からある「契約社員コース」には手をつけず温存しておいて,それとは別に労働条件を著しく引き下げた「シニア社員コース」をつくるようなことでよいのか。

(2) 二つのコースの選別基準は,会社がとくに要請するかどうか,会社がとくに必要とするかどうか,という以外,明確にされていないが,それでよいのか。

(3) 新たな「シニア社員コース」のために,必要性のない業務請負・派遣会社を新設して,高齢者をそちらに移すようなことで,文英堂が継続雇用制度をつくったことになるのか。

(4) 新たな「シニア社員コース」は,最低の場合,時給941円という低賃金であり,労働条件を極端に下げて,実質的に雇いませんと言うに等しいが,それでよいのか。

(出版ユニオン京都,文英堂)
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(3) 定年を迎えて

 私,矢木は2月26日付で約42年間働いた文英堂を定年退職いたしました。

 3月3日に文英堂の職場を中心に開いていただいた送別会には京都地協からもたくさんご出席いただきまして,この場をお借りしてお礼を申し上げます。

 その席でもいろんな方からありましたように,今改めて42年間働き続けられたことはすごいことだったなあと思っております。

 入社当初は3年間ぐらい勤めて結婚し,子供たちの洋服を自分で作ってと考えていたのでお茶やお花,そして洋裁学校に通っていました。(このことが送別会の[妖怪]の元になりました,詳細は牛田または新谷さんにおたずねください)

 文英堂に入社した動機は会社案内に有った「主な出身校,東大・京大・早稲田・慶應」 でした。その頃,若かった鳥居君と有斐閣労組の土肥さんとが社前で出版労連の,今で言うフラワービラを配布してくださいました。その時のビラに一時金の一覧が載っていたのですが,私の年収より多かったことを覚えています。文英堂の賃金ってなんて低いのだろう!

 組合結成(京都印刷出版産業労働組合文英堂分会)に参加し,出版労連に移行して京都地協とのお付き合いが始まりました。当初は有斐閣労組の秋山さんがいつも走りながら運営されていたという印象でした。そして,地協委員を何期かつとめましたが,最初は地協運動ってよくわからんわと思ってました。

 今では地協の運営はなかなか難しく,歴代の議長や事務局長さんはご苦労なさったなあと思っています。今後もご奮闘ください。

 組合運動を通して私が学んだことは,自分や家族のことだけ考えていて,世の中の動きを見ないでいては駄目だということでした。気が付かないうちに戦争が始まっていたなんて子供や孫に言い訳できません。

 今後は私の原点である平和を守って行く運動もしていきたいと思っています。

 また,京都地協とユニオン京都の運動が豊かに拡がっていくよう力を尽くしたいと思っています。よろしく。

(出版ユニオン京都,矢木弌子)
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(4) 新入組合員登場!!

 初めまして。ナウカ株式会社京都営業所の----と申します。

 時折春を思わせる日差しの一日も増えてきた中、皆さん如何お過ごしでしょうか?

 私はというと昨年8月に入社したばかりで、右も左も分からない中を諸先輩方の力を借りながら必死で過ごしてきた八ヶ月間だったように思います。

 今年1月6日に行われた「京都 印刷・出版2006 新春のつどい」に初参加し、皆さんにお会いしたのですがなんだか緊張しながらの2時間だったように記憶しています(それとビンゴゲームで歯ブラシを当てたことは忘れられませんが・・)。

 初めての場所でどうして良いのか分からず、あまり話すこともできなかったのですが、次の機会にはもっと多くの方々と色々なお話ができたらいいなあと思っています。宜しくお願い致します。

 簡単ですが、自己紹介をさせて頂きます。

 趣味はサッカー、音楽、読書です。特に今年はドイツワールドカップがあるので今から楽しみにしています。今でも大学時代の友達で月に1度程集まりフットサルをしています。フットサルというのはサッカーよりも狭いコートでするものなのですが、これがその分楽かというと逆なのです。一人でも手を抜くとすぐ点を決められてしまうので全力で攻撃に、守備にと動き回らなければなりません。その上、テクニックも必要ですし(これが僕に一番欠けているものなのですが・・)と、なかなか大変なのですが、やっぱり夢中になってしまいます。終わった後で仲間と飲むお酒も良いものですしね。

 今年も早4分の1が過ぎようとしていますが、振り返ったときに良い一年だったと言える年にしたいと思います。宜しくお願い致します。

(ナウカ労組:新人)
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(5) [編集後記]

あのクールなイチローが、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)では熱くなった!!
チームを盛り上げることに一翼を担った。私たちも労働組合のイチローをめざそう!  

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