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出版労連 京都地協
「本と労働 京都 仏ぶつ ひろ馬」(ブツブツ広場) 2006年度/2号 (2006年 4月10日)
[この号の目次]
(1) 出版文化を守った労働者の闘い!! …京都地協議長,三木 清樹
(2) 文英堂の継続雇用,これでよいのか? …出版ユニオン京都,文英堂
(3) 定年を迎えて…出版ユニオン京都,矢木弌子
(4) 新入組合員登場!!…ナウカ労組:新人
(5) [編集後記]
私,矢木は2月26日付で約42年間働いた文英堂を定年退職いたしました。
3月3日に文英堂の職場を中心に開いていただいた送別会には京都地協からもたくさんご出席いただきまして,この場をお借りしてお礼を申し上げます。
その席でもいろんな方からありましたように,今改めて42年間働き続けられたことはすごいことだったなあと思っております。
入社当初は3年間ぐらい勤めて結婚し,子供たちの洋服を自分で作ってと考えていたのでお茶やお花,そして洋裁学校に通っていました。(このことが送別会の[妖怪]の元になりました,詳細は牛田または新谷さんにおたずねください)
文英堂に入社した動機は会社案内に有った「主な出身校,東大・京大・早稲田・慶應」
でした。その頃,若かった鳥居君と有斐閣労組の土肥さんとが社前で出版労連の,今で言うフラワービラを配布してくださいました。その時のビラに一時金の一覧が載っていたのですが,私の年収より多かったことを覚えています。文英堂の賃金ってなんて低いのだろう!
組合結成(京都印刷出版産業労働組合文英堂分会)に参加し,出版労連に移行して京都地協とのお付き合いが始まりました。当初は有斐閣労組の秋山さんがいつも走りながら運営されていたという印象でした。そして,地協委員を何期かつとめましたが,最初は地協運動ってよくわからんわと思ってました。
今では地協の運営はなかなか難しく,歴代の議長や事務局長さんはご苦労なさったなあと思っています。今後もご奮闘ください。
組合運動を通して私が学んだことは,自分や家族のことだけ考えていて,世の中の動きを見ないでいては駄目だということでした。気が付かないうちに戦争が始まっていたなんて子供や孫に言い訳できません。
今後は私の原点である平和を守って行く運動もしていきたいと思っています。
また,京都地協とユニオン京都の運動が豊かに拡がっていくよう力を尽くしたいと思っています。よろしく。
(出版ユニオン京都,矢木弌子)
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初めまして。ナウカ株式会社京都営業所の----と申します。
時折春を思わせる日差しの一日も増えてきた中、皆さん如何お過ごしでしょうか?
私はというと昨年8月に入社したばかりで、右も左も分からない中を諸先輩方の力を借りながら必死で過ごしてきた八ヶ月間だったように思います。
今年1月6日に行われた「京都 印刷・出版2006 新春のつどい」に初参加し、皆さんにお会いしたのですがなんだか緊張しながらの2時間だったように記憶しています(それとビンゴゲームで歯ブラシを当てたことは忘れられませんが・・)。
初めての場所でどうして良いのか分からず、あまり話すこともできなかったのですが、次の機会にはもっと多くの方々と色々なお話ができたらいいなあと思っています。宜しくお願い致します。
簡単ですが、自己紹介をさせて頂きます。
趣味はサッカー、音楽、読書です。特に今年はドイツワールドカップがあるので今から楽しみにしています。今でも大学時代の友達で月に1度程集まりフットサルをしています。フットサルというのはサッカーよりも狭いコートでするものなのですが、これがその分楽かというと逆なのです。一人でも手を抜くとすぐ点を決められてしまうので全力で攻撃に、守備にと動き回らなければなりません。その上、テクニックも必要ですし(これが僕に一番欠けているものなのですが・・)と、なかなか大変なのですが、やっぱり夢中になってしまいます。終わった後で仲間と飲むお酒も良いものですしね。
今年も早4分の1が過ぎようとしていますが、振り返ったときに良い一年だったと言える年にしたいと思います。宜しくお願い致します。
(ナウカ労組:新人)
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あのクールなイチローが、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)では熱くなった!!
チームを盛り上げることに一翼を担った。私たちも労働組合のイチローをめざそう!
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